幼少期の自分

どうもこんにちは!
暁人です。

今日は僕の事を知らない方に向けて
自己紹介をしていきます。(幼少期から笑)

(え、幼少期から?必要か?それ)

ごちゃごちゃ言ってるやつは
置いておいて、

僕は沖縄県で生まれ18歳まで育ちました。
小さい頃は砂遊びやユンボー(重機)を
眺めるのが好きだったみたいです。


母親と公園に行くと
一人で3〜4時間は砂と遊び、工場地帯で
重機を見に行った時もそのぐらいの時間
一人でジーッと見てたみたいです。
無理やり連れて帰らないとずっと
重機を見続け、公園では砂と遊び続ける。
ちょっとオカシイよな…。
これっていわゆる過集中ってやつかな?
(いや、嘘だろそれ。いくつの時よ?)


いや、嘘じゃないよw
母親から聞いた所
3〜4歳くらいの事だったみたい。
恐るべき集中力。

(いや、自分で言うなよ笑)

その頃はまだ体も小さいので
就寝時は必ず母親のお腹の上で
寝ていました。今でも覚えている。。。
相当、迷惑だっただろうなと。。。

(うん、かなりメイワクネ、アナタ)

拘りもかなり当時から
強かったみたいで抱っこは両親か
おじさん(母親の兄弟の一人)のみ!
それ以外で抱っこが来たら全力で
拒否していたらしい。
昔から極度の人見知りもあったんだね。

(とても失礼。笑)

保育園に通っていたのだけど
到着しても母親から離れようとしない。
泣きまくって全力で保育園に
行く事も拒否。

(世話、焼きすぎちゃう?お前。
親孝行ちゃんとしろよ!!)

何かと幼少期は母親にずっと
くっついていた記憶がある。


僕の地元沖縄では模合と言う
伝統的な集まりがあり
兄弟や友達と月一で集まり
お金を出し合い順番にそれを
受け取るシステムですね。

また母親の話になるけど
模合に行くと帰宅するまで
玄関の前で帰りを待つと言う。。。

(怖すぎるぞそれ…)

いや、本当にその通りで
今書いてて自分でも感じている。笑


模合に行くまでひたすら家で
『行かないで』とゴネまくる。
行った後は小一時間ぐらいは
泣きわめく。。。


それと僕自身、今は全然やらないですが
絵を描く事も描かせる事も当時は好きで家では
ずっと絵を描いていました。

(ちょ待って。描かせるとは??)

え〜〜っと
説明しますね。
自分の好きなキャラを祖母やそれこそ母親に
自分が納得するまで描かせ続ける!!
という事です。

(納得しない時は?)

そういう時はなんとなく
この記事読んでいけばわかると
思いますが必殺技『泣きわめく』です。


疑う人はいないと思いますが
まぎれもない事実です。
平気で人に絵を2〜3時間描かせるんですね〜

(地獄過ぎる。。。)

本当にそれで今は申し訳なく思っています。

とんでもない子供
だったなと本当に思う。
それぐらい母親に対しての
気持ちが強かったわけですね〜〜。



もちろん
親父の事も大切で地元から離れて
早、6年ほど経ちますが上京してから
両親のありがたみを思い知らされました。

(あるあるね。)

僕の親父はちゃんと家事もやり
母親の助けをちゃんとしてくれている。
仕事人間だと母親からは聞いているが
家事は母親よりも親父の方が
やっているんじゃないかと思うくらい
やるので尊敬している。

書いてて分かったことは
変態並みに母親の事が当時は
好きだったんだなと。(今もそうなんだけどね)


自分の産んでくれた世界で一人の
存在で僕にとっては当然の事ですね。


今日は自分の偏った拘りと
母親に対する愛を書いてみました。
言ってて結構恥ずかしいのだけど
こういう吐き出しも大事だよね〜。

(ちょっと…ツッコミ辛いじゃないか、そんな真面目に。)


両親には長生きしてもらいたいので
僕も親孝行早くできるように
今できる事を頑張っていきます!!


ということで今日はこの辺で!
また次回会いましょう。
次回は小学校〜の事を書きたいと思います!

インスタのチェックも忘れずにね!
宜しくお願いします。
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